不遜なぼく等・・・<2>
「なんだよ、その僕でもっていうのは。と、云うよりも本当のことを云うと、僕も葉山と同じようなこと
思ってたんだよな」
「そうなんだ」
「ああ。3年、つまり最高学年に進級して、さ。改めてこの3年間なんてもんを振り返るともなく
振り返るとさ。僕なんて本当に、まだまだだなと思うんだよ」
「え?」
章三でまだまだだったら、ぼくなんてどうなってしまうんだろうか・・・。
「例えば、だ。葉山なんて筆頭だしな」
「え?ぼく?なんで?」
「葉山託生は、ただただ扱いにくい面倒なだけの奴だと思ってたからな。しかも、今思えば甚だ
不遜な事に葉山はダメだとまで云ってたし」
「そうなんだ。あ、でも。それって1年の頃のぼくを見ててって事だよね?だとしたら、
赤池君だけじゃなくて、みんなそうだと思うし。ぼく自身でもそう思うって云うか、
そう思われてても仕方がないって思うし」
「確かに、扱いにくい奴ではあったけど、な。それでも葉山の事をちゃんと見てた人や守ろうと
していた人達がいた」
「あ・・・。ギイのこと、云ってる?」
「だけじゃなくて」
「他に?」
「ああ」
そうなのか?
「例えば、片倉もそうだろ」
「あー、でも、利久の場合は同室だったし」
仕方なかったっていうのもあったと思うのだ。
「もしかして、仕方なしで、だとか馬鹿なこと思ってないよな、葉山」
「え、あ、いや。その・・・」
思わず言葉に詰まる。
「それは、片倉に対してめちゃくちゃに失礼な考えだと僕は思うね。同室者だからってだけなら、
例え片倉がかなりのお人好しだということを差し引いても、それだけであそこまで、は出来ないだろ」
「あそこまでって・・・」
「葉山が問題起こすたびに一緒にいたろ。解決は出来なくても、一緒に頭下げたり、
何も出来ない時でも、それでも一人逃げ出したりなんかしないで傍に居続けてたじゃないか」
云われてみれば・・・そうかも。うん、そうだった。
ぼくにとって、それは日常で、当たり前すぎて、うっかりしてたけれど。
確かに利久は、ぼくが窮地に追い込まれていた時も、一緒に窮地に立っていてくれてた。
それが、無意識の内にも実はとてもぼくを心強くさせてくれていたんだと今更ながらに気付く。
「で、そんな片倉を僕は“よくやるな”と半ば呆れていたし、葉山に対しては
憤りすら感じてた位だ」
「うん」
2年生の入寮式の日、章三はぼくに云った。
『降りかかる火の粉を振り払ってみたらどうだ』と。
「他にも」
「他にも?」
「そう、他にも。かの伝説の男の異名を持つ相楽先輩もそうだし、な。麻生先輩だって
随分と葉山の事、気に掛けてくれていたじゃないか」
確かに麻生先輩は何かとぼくに声を掛けてくれた。
それも、ぼくの負担にならないように、実にさり気なく。
くるくると変わる表情に言動に、時に戸惑いつつも、どこか安心してた。
相楽先輩は、麻生先輩を通じて何度か話し掛けられて、でも、上手く返せないぼくに
呆れるでもなく、蔑むでもなく、明るくからりと笑い飛ばしてくれた。
そんな彼等が、実は陰ながら色々とぼくに便宜を図ってくれていた事を、秋の体育祭の折に
ギイから聞かされて驚くと共に胸の奥が熱くなったのを思い出す。
「当時のぼくは解ってなかったけど、ね。や、勿論、麻生先輩が気遣ってくれてたのは解ってたけど」
「まぁなぁ。あの人の場合は、気遣うって言うより、葉山の事を気に入ってたって方が
あってるかも、だけどな」
「そんなこと」
「そうなんだよ。当時、ギイがそう云ってたんだから、そうなんだろ。で、多分、今思えば、だが。
ギイは随分と切ない思いをしていたのかも、しれないな」
「ギイが?」
「ま、それは兎も角。1年当時も、ちゃんと葉山の事を見ていた人達はいた訳だ。
で、葉山の”良さ”っていうかな。例の嫌悪症でピリピリして、人当たりが悪くて、愛想も無くて、
まぁ、ぶっちゃけ”嫌な奴”と思われてた葉山を、そうじゃないって見抜いてた人達もいた訳だ」
「なんだか、随分な云われような気が」
”違ってないだろ?”と云わんばかりにジロリと見られて、思わず首を竦めた。
はいはい、否定できまぜんよ。身に覚えがしっかりあるぼくとしては、苦笑するしかない。
すると、そんなぼくを見て、章三まで苦笑いを浮かべた。
「で、2年になって、実際に何やかやと関わる機会が増えただろ?ま、正確には僕は
巻き込まれて、否応無く、だったけどさ」
「あー、その、本当にいつも色々とお世話になっております」
思わず神妙になってしまって、先ほど云った言葉をもう一度云う。
「はいはい、お世話させて頂いております!・・・最初はさ、迷惑な話だと思ってたんだ。
なんだって僕がこんな面倒に関わらなきゃならないんだ、とも思ったしな」
「うん」
それは、そうだろうね。
「それがさ、いざ、実際に関わってみると印象がどんどん変わっていって・・・自分の視野の
狭さに気付かされたよ」
それ、どういう意味?
「意外や意外。葉山託生って人間は、恐ろしいほどの”天然”で」
「あのねー、褒めてくれるのかと思ったら」
云いかけたぼくの言葉に重ねるように章三の言葉が続く。
「しかも、かなり素直で真っ直ぐで正直な奴だった」
その表情は先刻のからかい半分のものではなく、とても真摯なものだった。
「え、と。その、赤池君?」
と、次の瞬間、破顔して
「しかも、超ど級のドジときてる上に自分の実力省みないしな」
「そんなこと」
「あるだろ。お蔭で随分と振り回されてるよ、僕は。けど、仕方がないよな。こんな
危なっかしいのを野放しにしといたら、人様に迷惑垂れ流し状態だ」
「ひどっ!」
「おまけに、ギイ一人まともに躾けられないときたもんだ」
「なに?オレの話?」
「わぁっ!」
「それを止めろと云ってるんだ、ギイ」
いつの間に来ていたのか、ギイが背後から覆い被さってきた。
む。気付いてたな、赤池章三。
そして、心臓に悪いぞ、崎義一。
って、ここ、往来!
「や、止めてよね、ギイ。お、重いだろ」
ようやく、それだけ云うのが精一杯で・・・。
心臓がバクバクしてる。不意に背後からのハグに驚いたせいもあったけど、同時に感じる
暖かさと僕を包みこむ花の香りにくらりとしそうになる。
このまま、全部預けてしまいたく、なる。
そんな自分に内心で叱咤して、身体を揺すってギイに離れるように促す。
渋々といった様子ありありでギイは、ようやくぼくを解放してくれた。