お願いだから・・・<Fin>



「え?それが原因なのか?」

呆れ果てたように矢倉が云うと

「食い物の恨みは恐ろしいって云うけどなぁ」

章三が続ける。

「いっくら、ブラックホールのギイでも、なぁ。お前、それ何時間前の話だ。

いい加減にしとけよ。第一、葉山もワザとじゃないんだし」

「寧ろ、親切心からしたことだろうが」

2人してぼくを庇う。と、ギイが

「お前等な。いっくらオレが食い意地張ってるとしたってな、それで今まで怒ってた訳じゃない」

「え?でも、ギイ」

「確かにな、あの瞬間は、そりゃ〜ショックだったさ。オレ、あれ食べるの超楽しみにしてたし。それが

目の前で、一瞬でああなっちゃあな・・・」

「う。ごめっ」

「けどな!」

そこで語気を強めた。

「オレが本当に怒ってるのは、それじゃあない」

「え?じゃあ、ぼく怒ってるんじゃないの?」

「もちろん、お前に。託生に怒ってるよ」

「でも、ぼく、他に何かした?」

第一、ギイはあの後、直ぐに部屋を出て行って、この食堂へ来る為にぼくを誘いに戻ってきたのだ。

他に何かしでかす時間なんて無かったはず。

同じように、先ほどのぼくの話を思い返していたらしい矢倉が

「あ、もしかして」

と呟けば、同じく章三が

「ああ、なるほどな」

そして、合点がいったという顔で頷き合うと

「葉山が悪いな」

「だな」

「けど、葉山、それだけギイに思われてるってことだな〜」

「ま、そういうことだな」

「当然だろ」

皆して納得顔だけど、ぼくには全然わからない。

「ま、葉山、しっかり叱られろ」

そう云うとポンポンとぼくの肩を軽く叩いて席を立った。

「託生、部屋で話そうか」

混み出してきた食堂を後にしてギイの後に続く。先刻、笑顔でぼくを促しながらも、

ギイの瞳はちっとも笑っていなかった。今も、不機嫌オーラを身に纏ったままだ。

部屋までの道々、ずっと考え続けていたけど、やっぱりギイが怒っている理由がわからない。

どうぞとドアを大きく開きぼくを招き入れると、静かに扉を閉めた。

部屋へ一歩入るなり、手首をぐいと引き、部屋の中央へ僕を押し出す。

背を向けたまま静かな声で

「託生、オレが怒ってる理由、解ったか?」

改めて問う。

「わかんない」

仕方なしに正直に答えると、

「はあぁぁぁぁぁ」

盛大な溜息が聞こえた。

ガチャッ背後で鍵の掛かる音がする。逃げ場を失った気がして恐怖心が湧いてくる。

こちらへ大股で歩み寄ると、ソファへと促す。

そして、ぼくの隣にドサリと座ると頭へ手をやり、噛みをクシャリと掻き揚げ天を仰ぐ。

「ふぅ。仕方ない、か」

小さな声で呟くと、ぼくの方へ向き直るとそのまま俯いていたぼくの顔を覗き込む。

「託生?」

「・・・」

「託生?」

もう一度呼びかけられて恐る恐る見返す。と、そこには既に怒りは無く、穏やかな表情をしたギイがいた。

「あのな、託生。オレが本当に怒ったのは、お前があんまり無自覚で無頓着だったからだよ」

「ギイ?」

「あの時、まだ湯気あがってただろ?」

「うん」

「って事は、相当熱いって解るよな」

「うん?」

「ヤキソバ、熱湯注ぐんだぞ。数分で冷めたりしないだろ」

それは、そうだけど。

「なのに、お前、あの時そこに手、突っ込もうとしただろ」

「あ」

「火傷したらどうするんだ。しかも、楽器、バイオリン弾く奴の。それも、それで音大受験しようとしてる奴の

することじゃないだろ」

「だから、怒った?ギイ」

「そ」

「ごめん。本当に。自分が楽器を弾く人間だって自覚、無さ過ぎたね。だから、ギイ、怒ったんだ」

「違う」

「え?」

違う?でも、今、ギイ。

「それは、まぁ、ついでというか、な」

「ついで?」

「ああ。バイオリンを弾くからとか、そういうのは、ついでって云うと語弊あるけどな。オレにとっては、

それはついで、だな」

そう云うと、ぼくをそっと包み込むように抱きしめて

「もっと、自分を大事にしてくれ」

コツンと僕の方に額を乗せる。そして

「もっと自分を大事にしてくれ」

耳元でもう一度囁くと、今度は視線をぼくに合わせ

「託生は、自分をないがしろにするクセがあるから」

「そんなこと・・・」

「あるだろ」

そうかな、そんなことない、と思うんだけど。

「オレには、そう見える」

「そんなこと、ないと思うけど・・・」

「自覚がないからタチが悪いんだよな」

「ああ、だから無自覚って、さっき」

でも、本当にぼくにはそんなつもり全然ないんだけどな。思ってることが伝わったのか、しょうがないな、

と苦笑して。更に深くぼくをギュウッと抱き込み

「仕方ないんだろうけど、けど、それでも、さ。頼むから自分をもっと大切にしてくれよ」

でないと、オレの寿命がいくらあっても足りやしない。そう云って笑った。

「ごめんね、ギイ。え〜と、その。よくわかんないけど。って云うか。その、出来るかどうかは、その、ほら。

無自覚だから、わかんないんだけど」

しどろもどろになりながらも

「でも、ぼくなりに気を付けるね」

「託生なり、か。でも、ま」

仕方がないなぁと云う顔をしてギイが笑う。この笑顔を出来ることなら曇らせたくはないと心から思うから。

ぼくに出来ることは、なんだって・・・。


                            …Fin…

・Excuse3→