この腕の中に欲しいのは君だけなんだ<1>
ドキドキドキドキ……
心臓のバクバクが止まらない。
なんだって、ぼくがこんな目に合わなきゃならないんだ!
誰が言い出したのか、ぼく、葉山託生は祠堂総出で開催されている『逃走ゲーム』で逃走中で。
普段他の生徒は滅多に来ることは無いが、ぼくには馴染み深いサハリンと称される温室近くの雑木林の
ブッシュの中に身を隠していた。
「あ、葉山」
ギクッとして恐る恐る振り返るとそこに赤池章三。
「ちょっ、なんでそこに座るんだよ。どこか他、当たれば良いだろ」
「葉山、良い場所知ってるんだな。確かにここなら見付かりにくそうだな」
そういうと、ぼくの抗議をサラリと無視してぼくの隣に腰を下ろした。
まぁ、いいけど。
「当然、葉山は知らないだろうがな、このゲーム、発端はテレビらしい」
ぼくが噂には疎いということを、よくよく知っている章三。
「そうなんだ」
「なんでもな、テーマパークとかそういうの貸し切ってやるんだと」
「で?」
「この広い敷地を、使ってってな」
「有効活用って訳?」
「そういうこと」
「迷惑な…」
「まぁな。けど、お陰でくまなく回れて良いんじゃないか?3年居たって全然行かない場所も実際には
結構あるだろ。第一、ハンターに見付からなきゃ、こうしてのんびりしてられるんだし」
うーんと伸びをしながらのんびりした顔で云う。
基本的なルールは、今日の午後2時から5時まで、途中1時間ごとに出されるミッション(校内放送で
流される、らしい)をクリアしながら逃げ続けるというもの。
但し、先ずスタートから15分後にハンターと呼ばれる校内選りすぐりの俊足が10人放たれる。
しかも、件のミッションがクリアできなければその都度ハンターの数は増えるというもので。
最後まで逃げ切ることが出来た生徒には3日分の食券が授与される。
先にも述べた通り、最初に放たれるハンター10人は中でも特に俊足なメンツで。
バリバリの現役運動部の真行寺と駒沢は兎も角、運動部でもなんでもないギイとか矢倉が含まれて
いたのには驚いたけど。
ハンターに選ばれること自体は全く何の不思議もなかったんだけれど、流石に最初の10人に入るって。
"不甲斐無いぞ運動部!”と体育教諭の激が飛んだとか飛ばなかったとか。
「でもなんで赤池君、ハンターじゃないのさ」
だって、彼も結構な俊足だ。
最初の10人には入らないまでも、後からペナルティで放たれるハンターには入っていても当然!
な、感じなんだけど。
「普段、追う側やってるんだから、こんな時ぐらい追われる側になって、追われる者の気持ちを
味わえとさ。ったく。別に僕は追ってる訳じゃないんだがね」
確かにお堅いイメージを持たれ易い風紀委員のしかも章三は委員長。(あ、今は元、だけど)
でも、実際はそういう訳では決してないこともぼくは、よくよく知っている。
と、いうより。ある意味、ぼく自身が証拠ともいえる、のかも。
祠堂では、ぼくとギイの様な関係はモチロン見付かったら即退学。
ギイの相棒でもある章三は、ぼく達のことを知ってるどころか、なんやかやと巻き込まれて、多分。
きっと最も迷惑をこうむっている人でもある訳で。
なのに、嫌な顔をしながら、嗜めながら(主に嗜められるのは彼の相棒であるところのギイ
なのだけれど)
ぼく達に協力してくれているのも章三なのだ。
結局、つまり、彼も相当なお人好しなんだよね。
のんびり、ふふふと微笑む葉山を見てると、ギイの心労を慮って、少々気の毒に思わなくも無いが。
それが為に僕はこうして、今ここにいる訳でもあるのだが。
頭脳明晰・眉目秀麗・明瞭闊達エトセトラ、考えうる限りの美辞麗句を与えても過ぎること無い
祠堂きってのアイドル・・・本人そう云われるのいたく不本意だろうが、事実だから仕方が無い
・・・でその実、惚れた欲目のカタマリなだけの僕の相棒、ギイこと崎義一たっての
『託生を守ってくれ』とのお願い故にここ、葉山の隣にいる。
本来ならば、奴等のような関係は、僕にはどうしても受け入れがたいものではあるが。
また、そういった気持ちを僕に向けられても、全く受け入れるということは出来ないが。
だが、しかし。
彼等を見ていたら、男同士だとかそういうことではなく、人として。
人間同士として惹かれ合って認め合っているのだと感じる。
だから、甚だ不本意だとは思いながらも、つい手を差し伸べずにはいられない、のかもしれない。