遊奏舎 HP
独りで寂しくなんてならないで・・・<1>
『つまり、3歳位までに口中に所謂”虫歯菌”が持ち込まれなければ
虫歯の無い人になる、と言うことですか?』
『まぁ、そういうことなんですがねぇ』
『どうすれば、良いのでしょうか?』
『”虫歯菌”の大半は親から子供へ移されます』
『と、言うと?』
『幼い頃、乳幼児期に親御さんが使っていたお箸等で食べ物をお子さんに
食べさせるとか、噛み切ったものを与えるとか、しますよね?その際に親御さんの
口の中にいた”虫歯菌”がそれらを経由してお子さんに移るんですね』
『とすると、3歳まで完璧にそうしたことを避ければ、虫歯の無い子になるということですね』
『正確には、”殆ど虫歯菌のいない子”、ですね。そして、そういう場合は、
まず、虫歯にはなりません』
珍しく、利久と一緒に来て偶然掛かっていた番組。
初めは軽く流すように観ていた面々が、
【殆ど歯磨きをしたことが無いのに虫歯が全くない人】
というアナウンサーの言葉にザワリとした。
口々に「ウッソだろ〜」だの「どうすりゃ、いいんだ?虫歯になんない方法とか
あんのか?」だの、が飛び交った。
どうやら、皆様、虫歯に随分苦慮している様子だ。
かくいう利久も例に洩れず
「俺、結構虫歯には泣かされたんだよな〜。ここだとさ、歯医者行くのも
一苦労じゃん?通院ってなったら、毎週の土曜日が全滅だし。けど、俺みたいに
ほぼ毎日部活とかあるとさ〜、ホント、マジで大変なんだよなぁ」
そういえば、同室だった1年の頃。
利久は歯科検診で初期虫歯と診断され、1ヶ月以上通院していて、部活で事情は
考慮して貰えているとはいえ、何となく肩身が狭くてツライのだとこぼしてたことを
思い出した。
利久はそれ以来、それはそれは熱心に丁寧に歯磨きしていたっけ。
「そう云えばさ、託生って歯医者行ったこと無いんだよな?」
「虫歯治療としてはね。検診とか、掃除とかはあるよ」
なるべく、何でも無いことのように小声で返事をする。
「えー?葉山、何?虫歯なったことないんだ?」
小さな声で返事をしたのに、聞いていたらしい面々の1人から羨ましそうな声が掛かる。
「あ、うん。まぁね」
「よっぽど、歯磨き上手なんだな。コツとかあるのかよ?だったら教えて欲しいなぁ」
「あ、オレも」「ぼくにも」
次々と上がる声に
「や。べ、別に。特別な事はしてないよ。昔、学校で教わった要領でやってるだけのつもりだし?」
曖昧に返事をする。だって・・・。
『けれど、実際にはかなり難しい事ですね。ついつい同じ箸で子共に取り分けたりしちゃいますからね。
この位ってね。それに、まぁ一種の愛情表現というかね。親や場合によっては孫可愛さで、
その子の喜びそうな物などをね、分け与えたりね。はい、あ〜んしてってね』
『ああ、なるほど。そうですねぇ、つい、やってしまいますねぇ』
テレビから続けて聞こえてきた言葉にドキリとした。
そして気付いてしまった。
------ぼくには、虫歯が無い。今まで一度も。
・・・両親から自分の食べている物を取り分けられたりした覚えも無かったことに。
そして、亡くなった兄、葉山尚人は歯科検診のたびに初期虫歯の為、
治療へ行っていたことを。
ごくごく自然に、両親は兄さんに自分のお皿の食べ物を分け与えていたことも
思い出した。
--------ツキリ-------
胸の奥の方で一瞬、痛みが走った。咄嗟に俯いた。