遊奏舎 HP
キミだけが、ぼくのトクベツ<2>
ここ数日。
ぼくが歩いていると、校内といわず、寮と云わず、祠堂中どこででも。
さっき伸之や利久、いや、この場合したのは岩下なんだけど、がしたように、突然目隠しを
されたかと思うと、『だ〜れだ?』と訊かれる。
怖かったのだ。いや、正確には、今も怖い。
だって、突然視界を塞がれたりしたら、誰だって怖いと思う。
しかも、それが、続くのだ。
いつ、なんどき、それが起こるかまるきり判らないし。
なのに、声の主は、みんな一様に嬉しそうで。
ワクワクしてると云うか。
兎に角、何だかやけに弾んだ声なのだ。
ジロリと利久を睨みつけると
「ん〜とさ。なんていうか・・・託生、特に、今は全然そうじゃないけどさ。1年の時ってみんなと
そんな親しくしたりしてなかったじゃん。で、そんな葉山託生が声だけで、同級生(オレたち)の
判別が出来るのかってさ。ちゃんと覚えて貰えてるのか?って誰かが言い出してさ」
で、この『だ〜れだ?』騒ぎって訳?
「で、実際に何人かがやってみたら、葉山くん、ちゃんと当ててくれるから。それを自慢した
奴等の話を聞いて、じゃあ、自分もってなっちゃったみたいで・・・」
岩下が続ける。
「意外だったって云うかさ」
な?と互いに頷き合う。
意外・・・まぁ、ね。そう思われてても何となく納得いっちゃうのは、我ながらどうなんだと、
思わなくはないけれど。
「葉山、耳は良いんだよな」
「え?あ、まぁ・・・」
章三には、そう答えつつ。
正直言うと、”耳”には結構自信はあって。・・・じつは”絶対音感”なるものも、あったりするのだけど。
だから、”知っている人”の声ならば、判別することは難しくはない。というか、簡単だ。
「そうなのか?」
「そういえば!音楽、してるせいか、託生。”音”には強いっぽかったんだった!」
「ふうん。けど、そんなの知られてなかったからなぁ。まだ、暫くは続くんだろうな、コレ」
自分のことは棚に上げて、伸之が云うと
「まぁな。いづれは落ち着くにしろ、まだ暫くは無理だろうな。祠堂には物好きが多いようだしな。
おまけに、片倉みたいに純粋に好奇心って奴もいるしな」
と章三が続けた。
「ああ、だから声は自分で、手は岩下なのか。片倉の場合は葉山を出し抜くってのが面白いって
パターンだから問題ないって訳だ」
「そういうこと」
「大抵は、気付いて貰えるって事がポイントで、目隠しに乗じてってのだしな」
なに?それ?目隠しに乗じて???
って一体なんのこと?
ますます、訳がわからない。
と、背後にまた気配を感じて思わず身体が硬くなる。
ふわっと甘い花の香り。
同時に目を塞がれて、
「ギイ」
思わず云うと。
「”だーれだ?”って云う前に当てられちまった。正解、託生」
嬉しそうに微笑んだギイがそこにいた。
声を聴かなくても判るよ、ギイなら。
大好きな花の香り、だけど、本当は・・・。
香りのせい、それだけでなく、その気配だけで、なぜか判ってしまう。
なぜだかは、ぼくにも解らないけれど。
ギイだけは・・・判ってしまう。
「お前な・・・」
脱力したように章三が云えば
「勝ち誇った顔して」
呆れたように伸之が云う。
「すっげ〜な。流石なだぁ。やっぱギイは別格な感じなんだなぁ、託生。声出す前に
当てちゃうなんて!なぁ!!あー、俺も試してみたらよかったかも、だなぁ」
う〜ん、でも、俺じゃやっぱ無理だったか、とか、いや折角の岩下のアイデア活かせたから、
結果オーライだとか利久はブツブツ云っていて。
「っぷ。やっぱ、片倉って、サイコーだな!託生、お前、本当に
好い親友もったなぁ!」
と吹き出しながらギイが云うと、それを皮切りに皆が一斉に笑い出した。
もう、まったく!
なんだか、腑に落ちない気がしなくもないけど、流されてしまうのも何だかなぁ、
と思わなくもないけれど!
ここは、もういっそ流して、みんなして笑いガスでも吸い込んじゃったように笑ってしまえ!
そんな、半ばヤケッパチな気にもなって、それでもやっぱり、そんな時間が存外楽しくて、
ぼくは嬉しくなってしまう。
と、ひとしきり笑いの発作が治まったところで、
「と、いう訳で託生は連行、な」
え?なにが?なんで?
呆気に取られるぼくの肘を素知らぬ顔でギイが引く。
ドナドナよろしく強い力で文字通り連行されるぼくの尻目に、
苦笑いの章三の唇が「アキラメロ、葉山」と動くのが見えた。