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すべからく世はこともなし
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名前を呼んで・・・〜Name is called
不遜なぼくら・・・
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すべからく世はこともなし・・・<2>
ぼくが”走り幅跳び”を選択するのには訳があった。
得点に絡みにくいというのもそうだったけれど、本当の理由はそこではなく。
極力、そこに、みんなの中にいたくなかったからだった。
ぼくは人が苦手なのだった。
ただ、苦手、ということではなく、人に触れることができない。
勿論、触れられることは論外だ。
例えそれが他意あるものではなくて、すれ違いざまに偶然ぶつかった、
ただそれだけのことでも、全身が粟立ち、場合によっては吐き気すらしてきてしまう。
そんなぼくにとっては、走り幅跳びというのは、ピッタリあっているように思えた。
他の競技と違って、競技中は一人だから、偶然でも何でも決して人と接触する事がない。
『わあああぁ!!』と大歓声が上がって、思わずそちらを見る。
「行けー!ギイーーーー!」
「そこだ!抜けーーーーー!!」
「崎ぃ!一気に行けーーーーー!」
縦割クラス対抗リレーでF組の2年生の代表選手をぼくのクラスの級長、
ギイこと崎 義一、が鮮やかに抜き去るところだった。
一際大きな歓声が上がる。
「俊足だとは聞いていたが・・・。なんでアイツはウチ(陸上部)にいないんだ」
「アッサリ、断られたそうっすよ。どこの運動部にも所属する気はないらしいです。
けど、その方が平和で却って良いんじゃないっすか?どっかに崎が所属したら、
引っ張れなかった部の奴らと険悪ムードになりかねないし・・・」
「まぁ、それも、そうか」
聞くともなしに聞こえてきた同じ幅跳び競技参加の陸上部の2年生と3年生の会話に、
どんなことでもこうして好意的に捉えられてしまう稀有な存在だと改めて知る。
眩しすぎる存在。
こうして、離れたところから、そっと見守るくらいなら、ぼくにも許されるだろうか。
そんなことを思いながら、視線がギイを追ってしまうのを止められない。
と、ついとギイの視線がこちらへ流れてきて、一瞬目が合って、微笑んだ、気がした。
まさかね。
ギイがこっちを、見る理由なんかない。
気のせいだ。
それに、もしかして、ひょっとして、本当にこっちを見て、目が合ったんのだとしても、
勿論、そんなのは偶然で。
でも、彼は級長として誰にでも優しくて、誰にでも気さくで。だから、偶然こっちを見て、
そこにクラスメイトのぼくがギイの方を見ているのに気付いて、、級長として気に掛けてくれただけだ。
期待、しちゃいけない。
勘違い、しちゃいけない。
俯いて、ぎゅっと唇を噛んで自分に言い聞かせる。
「あの時、結構凹んだんだよな。オレ」
「あの時?」
「ほら、体育祭でさ、オレ代表リレーに選ばれてさ、お前の関心を惹きたくて、頑張ったんだよ」
「え?」
照れくさいのか、少し視線を外してギイが云う。
「オレ、あの頃、お前に避けられて、目も合わせてくれないしさ。せめてオレの方、
見てくれないものか、とさ」
「ギイ・・・」
「相手、陸上部の2年だったからさ。あ、専門の奴じゃないけどな。ルールで陸上部は
自分が専門にしてる種目には出られないからな。けど、やっぱ、基礎はあるしなぁ」
「っと、話が逸れたな。だからさ、そんな相手を抜いたら、騒ぎになるじゃんか」
実際、すごい大歓声だった。
「そしたら、いくらお前でも気にしてこっち、見るんじゃないかってさ。で、託生のいる方伺ったら、
本当に託生がこっち見てて、嬉しくて思わす笑いかけたら、一瞬でお前、下向いちまって・・・。
そっから、全然こっち向こうとしてくれなかった」
「ギイ、ごめん。ぼくこそ、こっそりこうして遠くから見てるだけなら良いかなって、そっと、
見るだけだからって自分に言い聞かせてて。好きだったから、すごく好きで気になってたから、
でも、ギイは優しいし、うっかり目が合っただけで、でも、ぼくなんかにでも気を遣って微笑みかけて
くれたんだって自分に言い聞かせててっ・・・!」
必死で言い訳をするぼくの言葉を攫うように、ギイの唇が降りてきた。
「オレ達二人して、思い過ごししてただけってことだ」
「だね。にしても、ラッキーだったなぁ」
「なにが?」
「だって、今年から走り幅跳びなくなっちゃっただろ?」
「ああ、そうだな」
「去年はあったのに」
「まぁな」
「よっぽど、人気なかったのかなぁ?でも、去年、無かったら、ぼく、本当に大変だったと思うんだよね」
「あー、うん」
って、ギイ、妙に納得顔だ。ちゃんと意味、解ってるみたいに。
「ギイ?」
「他の競技だと、接触の可能性があったからだろ?」
わ、本当に解ってる!
「はぁ。コレ、本当は教えたくなかったんだけどな。癪だし」
複雑そうな顔で続ける。溜息までついて。
「アレ、お前の為に作られたようなもんなんだよ」
「え?それ、どういう意味?」
「お前の接触嫌悪症を慮って、先輩方がな、葉山が参加しやすい競技は何だろうって、色々とな検討して、
で、作ってくれたんだよ」
「うそ、だろ?」
「ほんと。どう考えても運動が得意そうでないお前が参加できるとしたら、中距離や長距離は
厳しいだろうし、けど、短距離はスタートダッシュするから接触の可能性が高いだろ?
騎馬戦や棒捕りなんてのは、論外だし。となると、幅跳びとか高飛びみたいなのなら競技そのものは
個人単位だから、接触の危険性はないだろ」
その通りだけど。
だから、ぼくも走り幅跳びを選んだのだけど。
「でも、それって・・・たった一人の為にそんなの。・・・あ。」
「なんだ?」
「もしかして、ギイ。裏から手、廻してくれた、とか?」
「してないよ。オレがするまでもなく、相良先輩とかが中心になって考えてくれてた。
お前が思っていた以上に、お前のことを気に掛けてくれてる人達は沢山いたってこと」
思いがけない話に、知らず涙が溢れてきた。
ぼくは、ほくのことで精一杯で、差し伸べられていた温かい手にも全然気付こうともしないで、
それどころかその手を振り払ってばかりいた。
そんなぼくなのに、それでもそうして僕のことを慮ってくれた人達がいたなんて。
「だから、云いたくなかったんだ」
「ギイ?」
「お前、今、めっちゃくちゃ感動してるだろ?」
「そりゃ、そうだろ」
「いや、お前が感動するのは解るし、実際、そう思ってくれてた人達が沢山いたのは
事実なんだがなぁ・・・」
まさか、ギイ。
「解ってはいるが、面白くないもんは面白くないんだよ。そうだよ、オレは心が狭いですよ!」
憮然と顔に書いてぷいと視線を外す。
「っぷ。ギイってば可笑しい」
「笑うな!」
だって、ギイ。
「笑うなって」
そういうギイも、もう笑い声だ。
「で?今年はどうするんだ?」
「う〜ん。やっぱり、直ぐに終わる短距離、かな。みんなで何かをするっていうなら騎馬戦とか
綱引きとか棒捕りとかなんだろうけどさ」
「ダメだ」
させられるか。ヨカラヌ事を企む連中の餌食になりにいくようなもんだ。
声には出さずに心の中で呟く。
「解ってるよ。どう考えても、ぼくじゃ足手まといにしかならないって云いたいんだろ」
「そういう意味じゃないって」
「いいよ、実際その通りだとぼくも思うし。それに、ぼくも、怖いし。指も、さ。怪我とかしたら嫌だし、ね」
まぁ、それはそうだな。
”怖い思い”は、オレがいる限り!させはしないが・・・させてたまるか!
折角、バイオリンを弾く気になったのに、指や腕を痛めたら、元も子もない。
「まぁ、でもお前の事だから、気を付けないと何もないところでも転びそうだけどな」
「あのねーーーー!」